大判例

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札幌地方裁判所 昭和62年(行ウ)12号 判決

北海道静内郡静内町字目名100番地

原告

井高清

北海道静内郡静内町高砂町2丁目15番地

原告

佐藤幸四郎

北海道静内郡静内町字御園274番地

原告

藤原昭三

北海道静内郡静内町字目名92番地

原告

岡田牧雄

北海道浦河郡浦河町字上向別470番地

原告

滝沢善次郎

北海道沙流郡門別町字福満354番地4

原告

白井民平

東京都港区西新橋3丁目9番3号 内山ビル8階

原告

滝谷守

右原告7名訴訟代理人弁護士

本田勇

北海道浦河郡浦河町常盤町28番地

被告

浦河税務署長 清水修

北海道苫小牧市旭町3丁目4番17号

被告

苫小牧税務署長 五十嵐楯臣

東京都港区芝5丁目8番1号

被告

芝税務署長 渡辺淑夫

右被告3名指定代理人

大沼洋一

出村恭彦

小林勝敏

被告浦河税務署長及び

佐藤隆樹

同苫小牧税務署長指定代理人

溝田幸一

高橋徳友

被告芝税務署長代理人

浦川譲

青木与志次郎

佐藤謙一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告浦河税務所長が原告井高清(以下「井高」という。)に対して,昭和61年5月7日付けでなした昭和58年分所得税にかかる更正の請求に対する更正処分のうち,総所得金額の計算上生じた損失の金額1329万6214円を超える部分及び昭和60年7月4日付けでなした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年5月7日付けでなした過少申告加算税の変更決定処分により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

二  被告浦河税務署長が原告佐藤幸四郎(以下「原告佐藤」という。)に対して,昭和61年5月7日付けでなした昭和58年分所得税に係る更正の請求に対する更正処分のうち,総所得金額759万3397円を超える部分及び昭和60年7月4日付けでなした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年5月7日付けでなした過少申告加算税の変更決定処分により一部減額されたもの)をいずれも取り消す。

三  被告浦河税務署長が原告藤原昭三(以下「原告藤原」という。)に対して,昭和61年5月7日付けでなした昭和58年分所得税にかかる更正の請求に対する更正処分のうち,総所得金額985万1858円を超える部分及び昭和60年7月4付けでなした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年5月7日付けでなした過少申告加算税の変更決定処分により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

四  被告浦河税務署長が原告岡田牧雄(以下「原告岡田」という。)に対して,昭和61年5月7日付けでなした昭和58年分所得税にかかる更正の請求に対する更正処分のうち,総所得金額の計算上生じた損失の金額218万7005円を超える部分及び昭和60年7月4日付けでなした過少申告加算税の賦課決定処分により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

五  被告浦河税務署長が原告滝沢善次郎(以下「原告滝沢」という。)に対して,昭和61年5月7日付けでなした昭和58年分所得税にかかる更正の請求に対する更正処分のうち,総所得金額332万8176円を超える部分及び昭和60年7月4日付けでなした無申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年5月7日付けで無申告加算税の賦課決定処分により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

六  被告苫小牧税務署長が原告白井民平(以下「原告白井」という。)に対して,昭和61年6月5日付けでなした昭和58年分所得税に係る更正の請求に対する更正処分のうち総所得金額557万1269円を超える部分及び昭和60年7月9日付けでなした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年5月6日付けでなした過少申告加算税の変更決定処分により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

七  杉並税務署長が原告滝谷守(以下「原告滝谷」という。)に対して,昭和61年6月5日付けでなした昭和58年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分及び昭和60年9月30日付けでなした無申告加算税の賦課決定処分(ただし,昭和61年2月26日付けでなした異議決定により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

第二事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は,次の事案である。

1  被告浦河税務署長,同苫小牧税務署長及び杉並税務署長は,それぞれの所管する原告らに対し,当該原告らの所属するリィフォー会が取得したサラブレットの種牡馬リィフォー号1頭(以下「リィフォー号」という。)の譲渡に関して原告らが取得した金銭について,これを譲渡所得(売買代金)と認定し,別紙課税等の経緯一覧表各記載の更正の請求に対する更正処分(原告滝谷については,更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分)及び過少申告加算税ないし無申告加算税の各賦課決定処分(ただし,その後,変更決定処分により一部減額された。)をした。(以下「本件課税等処分」という。)

2  原告らは,裁判上の和解により,リィフォー号の売買契約は錯誤により無効とされており,右金銭は同馬の引渡しに代えて支払われた損害賠償金(以下「本件損害賠償金」という。)にほかならないのであるから,それは昭和63年法律109号により改正される前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)9条1項21号(現行所得税法9条16号),同法施行令30条2号に規定する「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に該当する非課税所得(以下「旧所得税法9条1項21号の非課税所得」という。)であるのに,本件課税等処分は,これを譲渡所得としている点等の違法があるとして,その取消しを求めている。

二  本件課税等処分の経緯(争いのない事実)

1(一)  被告浦河税務署長は,原告井高,同佐藤,同藤原及び同岡田が,被告苫小牧税務署長は,原告白井が(以下同原告らに関する各異議申立及び更正の請求の相手方,各更正等処分及び異議決定を行った行政庁は,右と同じ対応に関係にあるところ,以下においては,同趣旨で,単に,「被告浦河税務署長ないし苫小牧税務署長」と略記する。)それぞれ行った昭和58年分所得税に関する確定所得(損失)申告及び修正申告等(その内容は,別紙課税等の経緯一覧表1記載①②,同2記載①②,同3記載①②,同4記載①②,同6記載①に各記載のとおり。以下,同趣旨で,「1①②」等とのみ表記する)にはリィフォー号の譲渡に係る譲渡所得の申告がなされていないなどとして,それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をなした(1③,2④,3⑥,4③,6②)。

なお,右各処分等に先立ち,リィフォー号の譲渡とは関係のない事由により,原告佐藤に対して重加算税の賦課決定処分が(2③),原告藤原に対して更正等処分及び賦課決定処分(3③④⑤)が行われた。

(二)  被告浦河税務署長は,原告滝沢が(以下同原告らに関する各異議申立及び更正の請求の相手方,各更正等処分及び異議決定を行った行政庁は,右と同じ対応関係にあるところ,以下においては,同趣旨で,単に「被告浦河税務署長」と略記する。)杉並税務署長は,原告滝谷が,いずれも所得申告をしなかったので,リィフォー号の譲渡に係る所得金額(原告滝沢については,他からの給与所得金額を含む)の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をなした5①,7①)。

2  原告らは,これを不服として,異議申立をしたが,(1④,2⑤,3⑦,4④,5②,6③,7②)札幌国税局長は,これを棄却する旨の異議決定をした(1⑤,2⑥,3⑧,4⑤,5③,6④)。

3  原告らは,リィフォー号の売買契約は錯誤により無効であり,原告らが取得した本件損害賠償金は旧所得税法9条1項21号の非課税所得に当たるとして更正の請求をした(1⑥,2⑦,3⑨,4⑥,5④,6⑤,7③)。

4  被告浦河税務署長同苫小牧税務署長及び杉並税務署長は,本件損害賠償金は非課税所得とは認められない,裁判上の和解は本件リィフォー号の譲渡に係る譲渡所得を減額変更したものに過ぎないとして,次の処分をした。

(一) 被告浦河税務署長は,苫小牧税務署長は,減額の更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分をなした(1⑦,2⑧,3⑩,4⑦,5⑤,6⑥)。

(二) 杉並税務署長は,異議申立につき,原処分の一部を取り消す旨の異義決定をなし(7④),更正の請求については,更正すべき理由がない旨の通知処分をした(7⑤)。

5  原告らは,これを不服として,被告浦河税務署長,同苫小牧税務署長ないし,杉並税務署長に対し,異義を申立をしたが(1⑧,2⑨,3⑪,4⑧,5⑥,6⑦,7⑥),同被告らはこれを棄却した(1⑨,2⑩,3⑫,4⑨,5⑦,6⑧,7⑦)。

6  原告らは,国税不服審判長に対し,審査請求したが(1⑩,2⑪,3⑬,4⑩,5⑧,6⑨,7⑧),国税不服審判所長は,これらを棄却した(1⑪,2⑫,3⑭,4⑪,5⑨,6⑩,7⑨)。

四  争点

1  本件損害賠償金は,旧所得税法33条の譲渡所得に当たるか(原告らは,旧所得税法9条1項21号の非課税所得又は同法34条の一時所得に当たると主張する。)。

2  本件損害賠償金が譲渡所得に当たるとした場合,右譲渡所得は昭和58年分に帰属するか。

3  当時の浦河税務署長である畑中勇吉(以下「畑中」という。)が,リィフォー号の所有権移転時期を昭和60年とすればその売買代金を昭和60年分の譲渡所得として計上することができ,節税することができる旨説明する等,本件課税等処分を違法とすべき教示したか。

第三証拠

本件記録中の証書目録及び証人等の各記載のとおりであるから,これを引用する。

第四争点に対する判断

本件損害賠償金の性格(争点1)について

一  事実の経過

(一)  リィフォー号売買に至る経緯

(1) 原告らは,昭和54年11月26日,リィフォー号を種牡馬として使用し収益を上げる目的で,原告らを含む個人18名及び法人31社でリィフォー会を設立した。(総株数55口,一株当たりの出資金720万4768円)。同会は,同日,リィフォー号を取得した。〈争いがない〉

(2) リィフォー会は,昭和58年7月頃,アメリカ合衆国所在のベラフォンテ株式会社)以下「ベラフォンテ社」という。)から,リィフォー号産駒のトロメオ号が右合衆国の世界最高賞金額G1レースであるバドワイザーミリオンで優勝したとして,リィフォー号を500万米ドルで購入したい旨の申込みを受けた。《証人矢野喜代春(以下「喜代春」という。),乙70》

(3) リィフォー会員は,右申込みを承諾するか否かを検討したが,原告らは,リィーフォー号を売却しても,その売却利益の大部分を税金として納付することになるのであれば,売却するよりもこのまま種牡馬として使用し収益を上げる方が得策であるとしてその売却に反対した。《争いがない》

(4) リィフォー会は,昭和58年9月5日,臨時総会を開催し,①リィフォー号の売却処分には総株数の三分の二以上の同意で足りるとすると規約を改正する件,①その売却交渉及び事務処理を役員会に一任する件及び③リィフォー号をベラフォンテ社に売却する件について議決をとり,①及び②の案件を満場一致で,③の案件については,右改正規約に基づく無記名投票により,賛成46票,反対8票の多数決で可決した。役員会は,右決議を受けて,右売却はリィフォー会会員個人の資格で行うこと及び個人会員の節税方法を引続き検討することにした。《乙71。右認定に反する証人喜代春,原告岡田の供述はこれを採用しない。》

(二)  ヒダカエンタープライズによるリィフォー号の売却

(1) 株式会社ヒダカエンタープライズ(以下「ヒダカエンタープライズ」という。)は,競走馬の所有,軽種馬の共同育成管理等を目的として,昭和55年10月に設立された会社であるが,その役員構成は,いずれもリィフォー会会員である秀春が代表取締役,喜代春,服部がそれぞれ取締役を勤める等,同会と密接な関係にあったところ,ベラフォンテ社からのリィフォー号の購入申込みに対してリィフォー会がその売却を可決し,その具体的な方法について同会役員会に一任する旨決議したことから,右秀春や服部は,ベラフォンテ社への売却にヒダカエンタープライズを介在させることとし,昭和58年9月7日,同社の定款の事業目的に軽種馬の所有及び売買業務等を加え,同月9日にその旨の登記をした。《乙69の1ないし5,証人喜代春》

(2) ヒダカエンタープライズは,昭和58年9月18日ベラフォンテ社に対し,代金475万米ドルでリィフォー号を売却した《争いがない》。右売買契約には所有権留保に関する規定は存在しなかった。《甲3》

(3) ヒダカエンタープライズは,ベラフォンテ社から,昭和58年9月29日に20万米ドル(邦貨換算4746万円),同年10月17日に455万米ドル(邦貨換算10億5514万5000円)を北海道拓殖銀行本店の自社普通預金口座へ振り込ませ,売買代金全額の支払を受けた。《争いがない》

(三)  リィフォー号の搬出

(1) リィフォー号は,昭和58年10月8日,千葉県東牧場及び横浜検疫所での検疫を受けるため,静内スタリオンステーションから搬出された。右搬出についてはリィフォー会会員にも知らされ,原告岡田がこれに立ち会った《乙72,原告岡田》

(2) リィフォー号は,昭和58年11月14日,ベラファンテ社への引渡しのため,アメリカ合衆国に向け成田空港から空輸された。《争いがない》。

リィフォー会は,右空輸に際し,見送り2名を派遣した《乙73》

(3) リィフォー号の一ヵ月余りに渡る検疫機関の係留費用及び輸出費用は,すべてベラフォンテ社が負担した。ヒダカエンタープライズないしリィフォー会会員は,リィフォー号を売却した後は同馬の交配収入を取得したり,飼育・管理費用を負担していない。《証人喜代春》

(四)  リィフォー会によるリィフォー号の売却

(1) 服部は,昭和58年9月20日,ベラフォンテ社代表取締役のアキコ・マキュバリッシュに対し,リィフォー会からリィフォー号の売却に関する権限の委任を受け,ヒダカエンタープライズに同馬の所有権を移転した旨の同会会長名義の念書を提出した。《乙68》

(2) リィフォー会は,昭和58年10月28日,臨時総会を開催し,リィフォー号をヒダカエンタープライズに,5年間の延べ払い方式で売却すること,同社に延べ払い事務取扱費として500万円を支払うこと,会員は,それぞれ売買代金相当額を静内農業協同組合(以下「静内農協」という。)から借り入れることを決定した。《乙73》

(3) リィフォー会会員は,昭和58年11月18日,ヒダカエンタープライズに対し,次の約定によりリィフォー号を売り渡した。

① 売買代金 一株当たり,2190万9000円(総額12億499万5000円)

② 支払方法 5年間延べ払い

第一回目 昭和58年11月19日 585万円

第二回目 昭和59年11月19日 455万円

第三回目 昭和60年11月19日 420万円

第四回目 昭和61年11月19日 380万円

第五回目 昭和62年11月19日 350万9000円

《第三回目以降の支払額を除き,争いがない。第三回目以降の支払額につき甲1》

(4) ヒダカエンタープライズは,昭和58年11月19日,原告らを含む元リィフォー会会員に対し,第一回目の延べ払い金として585万円を支払った。《争いがない》

(5) 原告滝谷を除く原告らは,昭和58年11月19日,ヒダカエンタープライズがベラフォンテ社から受領したリィフォー号の売却代金を振り替えた定期預金を担保とし,静内農協より,返済期日を右(3)②の第二ないし第五回目の延べ払い金の各支払期日の前日として,それぞれ金1399万円の手形貸付を受けた。《乙74,81》

(6) ヒダカエンタープライズは,元リィフォー会員に対し,昭和59年11月19日,第二回目の延べ払い金455万円を支払った。《争いがない》。滝谷を除く原告らは,右金員を右貸付金の返済に充てた。《乙74,75ないし82,83ないし85》

(五)  原告らの節税の試み

(1) 昭和58年9月頃,服部,秀春,喜代春,岡田繁幸,荒川某及び小泉晃洋税理士らは,浦河税務署長において,所得税担当の坂下調査官に会い,ベラフォンテ社からのリィフォー号購入申込み等の経緯を説明して,リィフォー会個人会員の節税方法につき相談した。坂下調査官は,自らはその専門家ではないとして,署長の畑中を紹介した。畑中は,リィフォー号についての具体的な話はしないとの約束で同人らと面会した。畑中は,右服部らに対し,一般論として,資産譲渡所得について建物を延べ払い形式で譲渡する契約をした場合を例に挙げ,資産譲渡所得の計上時期は資産の引渡し,すなわち所有者としての当該資産への支配管理権限が移転したときである旨説明したが,リィフォー号についての個別的,具体的な話はしなかった。《証人畑中》

(2) 原告らは,昭和58年10月もしくは11月頃,服部,秀春,喜代春又は小泉税理士から,売買代金を五年間の延べ払いにすれば,リィフォー号の譲渡にかかる所得を昭和60年度以降に帰属させ,長期譲渡所得とすることができ,節税することができると言う説明を聞き,また畑中に会って同様の説明を受けた旨の報告を受けた。《証人喜代春,原告岡田》

(六)  リィフォー会の解散と清算

リィフォー会は,昭和58年11月18日,解散総会を開き,リィフォー号の売却に伴う経過報告及び売却代金決済の事務処理等を承認した後,解散した。《争いがない》

(七)  原告らの訴訟提起と和解の成立

(1) 原告らは,昭和60年7月4日,ヒダカエンタープライズに対し,リィフォー号の売却は,五年間の代金延べ払い方式をとれば,その譲渡所得を昭和60年分の長期譲渡所得として計上処理できる旨の説明を信じたからこそ行ったものであるから,リィフォー号の売買契約は要素の錯誤により無効であり,右説明をなしたエンタープライズには損害賠償責任があるという内容の内容証明郵便を送付した。《甲2》

(2) 原告らは,昭和60年8月7日,ヒダカエンタープライズを被告として,債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。原告らは,右訴訟においてリィフォー号の売買契約を締結するに際し,ヒダカエンタープライズから同馬の譲渡に係る所得は昭和60年分の長期譲渡所得になる旨の説明を受け,これを信用して右契約を締結したにもかかわらず,被告らから本件課税処分等を受けるに至ったものであって,右契約には要素の錯誤があり無効であるが,同馬はすでに米国に搬出されており,その返還は不可能であるからヒダカエンタープライズには債務不履行責任がある,また,同社には,原告らに右契約を締結させたことについて過失が有り,不法行為が成立すると主張した。《争いがない》

ヒダカエンタープライズは,原告らの要素の錯誤の主張を否認し,仮に要素の錯誤があったとしても,原告らには重大な過失があったと争った。《甲6》

(3) 他方,原告滝谷を除く原告らは,昭和60年9月3日,本田勇弁護士を代理人として,ヒダカエンタープライズとの間のリィフォー号の売買契約には,三年目の分割代金の支払を受けたときにその所有権が買主に移転し,それまでは共有者が所有権を留保する旨の合意があり,その代金支払方法も五年間延べ払いで,代金額には五年分の利息が含まれていたのであるから,延べ払いによる利息分を含めた全額が売買契約時(昭和58年度)の所得であるとする本件課税等処分は,所得のないところに所得を認めた違法があるとして,被告らに対し,異義申立てをなし(前記第二,二・2),また,同年10月15日,異義理由の補充書を提出し,①法人には五年度にわたる分割支払金の受領年度ごとの課税を容認しながら,個人にはそれを認めず昭和58年度の単年度収入として課税するのは,法人と個人を著しく差別するものであって,法の下の平等に反する,②原告らは,延べ払いであれば,個人でも法人と同様に単年度に課税されることはないとの畑中署長の税務指導を信頼した等と主張した。《乙4の1,2》

(4) 原告らは,昭和60年12月11日,ヒダカエンタープライズとの間で,次の内容の裁判上の和解を成立させた(以下「本件和解」という。)。《争いがない》

① リィフォー号の売買契約は錯誤により無効である。

② 右無効による原告らの損害金はそれぞれ2100万円(原告岡田及び同滝沢は1050万円)である。

③ ヒダカエンタープライズは原告らに対し,それぞれ本件リィフォー号の売買契約によりすでに支払済みの金額を差し引いた残額640万円(原告岡田及び滝沢は320万円)を支払う。

(5) 滝谷を除く原告らは,本件和解に基づきヒダカエンタープライズから受領した金員を静内農協からの前記借入金の返済に充て,昭和61年12月21日には右借入金を完済した。《乙74ないし82》

2 原告らの意図及び本件損害賠償金の性格

右認定事実によれば,原告らは,昭和58年9月5日のリィフォー会臨時総会で改正後の新規約に基づきリィフォー号の売却が有効に決議され,会員として右決議に拘束される立場にあったことから,右売却自体については賛同せざるを得なかったものであり,したがって,節税対策についての検討も,リィフォー号売却の是非そのものではなく,売却を前提にした上での納税額軽減方策を模索していたに過ぎないものであったというべきである。そして,原告らが,本件課税等処分を争い被告らに提出した異義申立書や同補充書の中でも,ヒダカエンタープライズに対する損害賠償請求訴訟を提起した後でさえ,リィフォー号の売却が錯誤により無効である旨の主張を一切していなかったこと《乙4の1,2》,また,右訴訟において裁判上の和解が成立した際にも,原告らは,和解における損害賠償金額が売買代金総額よりも低額になったのは,五年間の延べ払い方式よりも支払時期が早まったための利息分を減じたからであると理解し《原告岡田》,ヒダカエンタープライズの方も,当初の売買代金の総額さえ超えなければ,和解により支払う金員の名目にはこだわっていなかったこと《証人喜代春》,さらに,滝谷を除く原告らは,右和解により受領した金員を当初の売買代金の使途として予定していたのと全く同じく,静内農協からの借入金に返済に充てたこと《乙74ないし82》などの事情を併せ考慮すると,本件リィフォー号の売買契約が錯誤により無効であったとは到底いえず,本件損害賠償金についても,その実質はリィフォー号の売買代金にほかならないというべきである。

3 旧所得税法9条1項21号の損害賠償金の性質

なお,本件損害賠償金は旧所得税法9条1項21号にいう非課税の損害賠償金に該当するとの原告らの主張について,以下のとおり付言する。

同法9条1項21号が資産に対する損害賠償金を非課税とした趣旨は,損害賠償金は,当事者の意思に基づき資産が譲渡される場合と異なり,資産に対して突発的に予期しない損害が加えられた場合に発生するところから,その間に所得の観念を入れて課税するとすれば被害者にとって苛酷な結果になるとの配慮に出たものであると解される。したがって,ある金員の支払が,同規定にいわゆる損害賠償金に該当するか否かは,その名目のみにとらわれるのではなく,右のような趣旨に鑑み,実質的にみて被害者の予期せぬ損害を補填する性質のものであるか否かによって判断すべきものである。本件損害賠償金は,前記2認定のとおり,その実質はリィフォー号の売買代金にほかならないというべきであるから,同規定にいう損害賠償金には該当しない。

4 結論

以上のとおりであるから,本件損害賠償金は,リィフォー号の売却代金として,旧所得税法33条にいう譲渡所得に当たるというべきである(したがって,また同法34条にいう一時所得に該当しないことは明らかである。)。

二  本件損害賠償金の計上時期(争点2)について

1  リィフォー号の所有権移転ないし引渡時期

(一) 前認定のとおり,ベラフォンテ社とヒダカエンタープライズとの間のリィフォー号の売買契約は,リィフォー会会員とヒダカエンタープライズとの間で同馬の売買契約が締結された昭和58年11月18日よりも前の,同年9月18日に締結され,同年10月18日までにベラフォンテ社からヒダカエンタープライズに代金全額が支払われ,同馬は同月8日に検疫のため係留場であった静内スタリオンステーションから搬出され,検疫の終わった同年11月14日にはアメリカ合衆国へ空輸されたこと,ベラフォンテ社との契約には所有権の移転時期に関する特別の規定は存しなかったこと,リィフォー号の検疫期間中の係留費用及び輸出費用はベラフォンテ社が負担したこと,原告らを含むリィフォー会会員は,それぞれヒダカエンタープライズの保証で代金額に相当する金員を静内農協から借り入れ,同社から受領する延べ払い金をその返済に充てていたこと,ヒダカエンタープライズないし原告らを含むリィフォー会会員は,ベラフォンテ社へのリィフォー売却後は同馬の交配収入を取得したり又は飼育・管理の費用を負担したことはない等の事実を総合すると,遅くともリィフォー会会員とヒダカエンタープライズとの売買契約日である昭和58年11月18日にはリィフォー会会員からヒダカエンタープライズへリィフォー号の所有権が移転し,かつ,同馬の引き渡しがなされたものというべきである。

(二) この点,原告らはリィフォー号の延べ払い条件付契約書第4条が同馬の所有権留保を定めた規定であり,第三回目の分割金の支払を受ける昭和61年11月19日をもってヒダカエンタープライズに所有権が移転することを定めた規定であると主張し,右主張に沿う証人喜代春,同小泉晃洋の各証言,原告岡田の供述も存する。しかしながら,右条項をそのような所有権留保を定めた規定と解釈することは文言上困難なばかりか,前記のような事情に照らすとその主張を採用することは到底できない。

2  結論

代って,実質的に,リィフォー号の売買代金である本件損害賠償金は,昭和58年度分の譲渡所得として計上すべきものと解するのが相当である。

三  畑中の税務指導(争点3)について

1  リィフォー会会員と畑中との面談内容

畑中が喜代春らと面談した際には,一般論として,資産譲渡所得について建物を延べ払い形式で譲渡する契約をした場合を例に挙げ,資産譲渡所得の計上時期は資産の引渡し,すなわち所有者としての支配管理権限が移転したときである旨の説明をしたのみで,リィフォー号についての個別的,具体的な話はしなかったことは前認定のとおりであって,原告ら主張のように,畑中が契約書でリィフォー号の所有権移転時期さえ昭和60年にすれば,実際の引渡し時期とは関係なく,その売買代金を昭和60年にすれば,実際の引渡し時期とは関係なく,その売買代金を昭和60年度分の譲渡所得として計上することができるなどと説明したことは証拠上認められない(これに反する証人喜代春及び同小泉の各証言は,採用できない。)。

2  結論

よって,本件課税等処分が畑中税務署長の教示内容に反してなされた違法なものであるということはできない。

四,まとめ

以上によれば,原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 畑瀬信行 裁判官 草岡雄一 裁判官 鈴木正弘)

〈以下省略〉

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